手島右卿

存在感存在感

この頃考えることの一つに
書の存在感というのがある

ことばは耳に聴いてわかるものだが
文字は そのことばを形に替えて
目に視て意味を解するものである

書は その文字に生き生きとした生命を与え
且つ人間の美意識をも盛り上げる
ゆたかな営みに外ならぬ

それは 果てしなくつづく
一つの生き物を作る仕事ではある



書の存在感も ここに起こるわけであろうが
肉体的には 敦くて逞しく精神性は高い程
効力的であるのは言を俟たない

うまく行けば 宇宙的悠久の一存在となり得る
といえそうである



私は本年の独立展に猫字を素材としたが

「書かれた猫字」ではなく
「猫字が居る」の印象でなくては
存在感的には無策の作ということになる

書に存在感が確立することになれば
空間勢も自ら醸成されるようである

凡そものの存在するところに
空間のない筈はないからである



由来書の空間は
黒の発動に伴って生まれるといわれているが

その黒は立体的な「かたまり」である程ものをいい
結局存在感そのものと相通じてくる



当今 書の空間の問題も
かなり論議されているようであるが

まず存在を訴える文字の「かたまり」
を作ることから始めてみることであろう

一つのことは全体につながる

書の存在感ということについて
考えの一端を述べたが

お互いにじっくり考えてみることの
一つであると信ずる

(昭和62年3月21日)
手島右卿大観
研究資料編U 手島右卿書話書論纂1
日本書道専門学校卒業記念文集「書専」より